Sendai01|earthquake


石巻


女川

南三陸町
東日本大震災から一年が経って被災地に行ってきました。(震災直後に仕事で近くまでは行っていたのですが)広範囲に広がる被害と、ガレキも撤去され(隅にうずたかく積まれ)何もない風景はなんとも言えないものでした。
この出来事を見、体験した誰しもと同じように、または一人の人間として、また職業人として、どう向き合うか、考えさせられる出来事でありました。いろいろあるのですが、一年経っていろいろ思っていること。
建築業の末端に携わる一人としては、以前/以後のような観念的な話ではなく、専門職として起こり得る事態にどう対処するかをこの教訓から学ばなければならないと思っています。
今回は津波の脅威は大変なものだったが、地震の揺れはさほどのものではなかったともいえて(もちろん激震ではあった)、二次部材の崩壊は比較的目に見える大きな被害をもたらしたが、建物の構造的崩壊が今回は多く発生しなかったことがむしろ、新耐震以後の建築物は震度七クラスでも大丈夫、免震装置は非常に有効に作動した、という論調として敷衍している節があります。実際に、新耐震や種々の備えが有効だったというのもあるんでしょうが、これがはたして関東大震災や阪神大震災のような地震動ではどうなるのか。そして、多くの建物が崩壊、もしくは損傷した時に、個々人が所有するそれぞれの建物に専門家はどのように対処できるか。想定しうる問題はきりがありません。古い建物が傾いたら全部撤去し、さらに強固な要塞都市を作り上げるのか。
そういう意味では、職能云々とか言われていますが、むしろこれまで以上にエンジニアリングも含めた専門性や倫理観が建築家とか呼ばれている人には必要になってくるんじゃないかと思います。
ただ近々起こるであろう直下型地震が怖いというのもありますが、想定し得る/外の問題が発生した時に専門家の対応能力は、自衛隊や記者、医師などと同様に、どういった分野でも大事なんだということを強く感じたところで、なかなかそういう大きな仕組みの議論にならないのが同時におおいに失望したところです。
あとはやはり自分や周りが被害者になった場合のこと。これは経済的な面も含め、備えあれば憂いなし。薄給で毎日飲みまくっている場合ではありません(爆)。