Tokyo10|演劇とか

先日、久々に演劇を見ました。
・虚構の劇団「ハッシャ・バイ」

http://www.thirdstage.com/k/

高円寺@座・高円寺
突如思い付いて話題の高円寺の劇場にも行ってみたいのもあっていってきました。
何を隠そう鴻上さんの舞台は僕の中ではカリスマ的な部分もちょっとあったりして(最近はそうでもないけど)、立ち上げたばかりの劇団の、そして20年前の名作の上演、というシチュエーションにも期待していました。
しかしながらひいき目に見ても、実際の舞台はちぐはぐでとてもよくないものでした。役者が一生懸命なのは分かるのですが如何せん力量不足、疾走感の後に来る懈怠感、それらが絶妙に絡んで生まれるアナクロ感、とにかくちぐはぐな舞台でした。応援したいな、と思わせる部分は多々あったので今後も期待したいと思います。
ちなみにこの劇場は伊東豊雄さんの設計によってつくられたもの。建物の外形もかっこ悪いし、中の仕上げも装飾もよくないなあと思いました。什器や家具も安っぽいし、水玉の照明の収まりとか、、、ただ、舞台はまさに小劇場という感じで普通だったし、高円寺にこういったコンセプトの文化施設があるのは悪くないし、そもそもこういうこぢんまりとしていて同時に社会に開かれている場所というのは意外と日本にはないし、きっと時間をかけて施設として、また建築と一緒に醸成されてよいものとなっていけばと思いました。

Tokyo09|エヴァとか

*「ヱヴァンゲリヲン新劇場版 破」をみました。
エヴァを見始めたのは、テレビ版/劇場版ともにリアルタイムではなく、流行った後にまとめてビデオで借りて夢中になりました。
いわゆる熱心なファンでもなかったと思うのですが、今回の「破」は、これまでみたアニメ(そんなに多くないですが)の中でも最高傑作といっても過言ではないと思います。既に映画館に二回見にいきました。
キャラクター設定/戦闘のスペクタクルもそうなんですが、物語の重層のさせ方や切り替え、展開の激しさで観客を一辺に引き込む方法、一方でTV版のストーリーと重複させつつずらしたりしてこちらの期待をいい意味で裏切ったり、とにかくレベルの高い作品でした。日本のクリエーターたちの本当の底力/熱意がなせるわざに深く感服しました。本当にすごい。
合わせて「序」のDVDを買ったのですが、その中で庵野氏はこう語っています。

「エヴァ」は繰り返しの物語です。
主人公が何度も同じ目に遭いながら、ひたすら立ち上がっていく話です。
わずかでも前に進もうとする、意志の話です。
曖昧な孤独に耐え他者にふれるのが怖くても一緒にいたいと思う、覚悟の話です。

かつてエヴァにはまった人はもちろん、TV版も見てない人もせめて「序」を見てから、是非映画館で見るべき一本です。
>ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 (EVANGELION:1.11) [DVD]
>ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 オリジナルサウンドトラック SPECIAL EDITION
Tuesdays with Morrie: An Old Man, a Young Man, and Life’s Greatest Lesson
ALS(筋萎縮性側索硬化症)におかされた老社会学者の教授と教え子が、最期の瞬間まで講義をするという話。家族について死についてお金について、どう生きるかについて、病魔におかされながらも最期まで真摯に向き合い教える感動の物語。英語の勉強にと思ったのですが、平易で読みやすく、そしていい本でした。
*最近twitterなるものをはじめてみました。が、使い方がよく分かりません。IT企業の社長のエントリーばかりで、、、

HELSINKI24|Easter


セイナッツァロの村役場、Alvar Aalto、1952

ムーラメの教会、Alvar Aalto、1926-29

Workers Club、Alvar Aalto、1925

自警団、Alvar Aalto

ドア・ディテール

ユヴァスキュラ市立劇場、Alvar Aalto、1964

搬入口の壁のディテール

ペタヤベシの教会、1763

ディテール
*イースターを活用してエンジニアの友人などと車を借りてユヴァスキュラに行ってきました。ユヴァスキュラといえば、アールトが五歳から移り住んだ故郷のような場所で、初期の作品から実験住宅まで様々な作品が集まっています。
しかしイースターということで実際に入れたのは美術館のみ。そして、美術館の展示内容はいまいちでした。ロケハンみたいな感じです。それでもアールトの初期の作品は興味をそそるに十分でした。特に労働者会館や、自警団ビル、ムーラメの教会、新古典主義からモダニズムに転じるその一瞬や、それ以前にアスプルンドによる影響などを伺う事が出来て興味深いです。やっぱり中に入りたいので、おそらくあと一度くらいは行くはず、、、
*BABEL(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、2006)を見る。
アメリカ、モロッコ、メキシコ、日本という遠く離れた地で起こる物語。バベルの塔のように、愚かしさのゆえに人間が遠く切り離された今も世界は繋がっているにも関わらず、コミュニケーションの問題や制約が人々の間をなかなか近づけようとしない現代を描いている骨太な映画。
この映画は役者が非常に印象に残る映画だと思う。菊池凛子の演技も話題となった通り存在感のあるものだったけど、アメリカ人、モロッコ人の子役も非常に素晴らしい。役所広司をはじめとする大人も同様に。
惜しむらくは、ラストシーンに至るところでそれぞれの話がブツ切れのような形になっているところ。それぞれの話がそれぞれに引っかかってという期待を持ってしまったからかな。

HELSINKI16|休日、映画


ヴィートゥレスクに使われていたタイル。暖炉などに部分的にポイント材のように使われていて効果的だと思いました。
最近は二個のコンペをやっています。一つは終わったのですが、もう一個の学校の課題のコンペはこれからです。
最近になってようやく頭や手の動かし方を思い出してきた感じがしています。やはり対話とコンセンサスが重要だと感じる日々です。常に実物のコンストラクションやディテールを意識する、というのも案を考える段階では傷害にもなるけどヒントにもなるなあと考えたり。もっといろいろ技を知っていればなあ。
映画を見ました。
*Broken flowers/Jim Jarmusch/米/2005
19歳の息子が実はいる、と匿名の手紙を受け取った主人公(ビル・マーレイ)が、その当時の恋人たちを巡っていくというストーリー。でも結局何も起こらない。過去をたどって行き着くのはちょっとした感傷と、何かしらよくない出来事でしかないということがコメディタッチに描かれている。
最初はなんだか掴めませんでしたが、最近の気分とマッチしてとても印象深かったです。ジャームッシュの作品は何度も借りたりしているのですが、実はちゃんと見るのは初めてかもしれないです。

HELSINKI11|映画


ヘルシンキ、Aleksanterinkatuのライトアップ。土曜日深夜に撮ったのであまり人気がありませんが。

課題の途中の様子。
こちらに何を書こうか思案にくれているうちに一ヶ月以上更新が滞るところでした。危ない危ない。
最近はようやく大きな課題が一つ終わったので学内のネットワークを利用して映画を幾つか見ました。ここでの問題といえばやはり言語。日本の映画やアニメーションはいいとして、外国のものはかなり限定されてしまいます。つまり、字幕はフィンランド語が殆どだからです。かといって英語の映画もなかなかみたいものがないし、その前に理解度なんて50パーセントぐらいなんだけどしょうがないですね。ということで英語と日本語の半々になっている、外国人にもよく訪ねられる映画を選んでみています(というかこの二つしかしらない)。
*Lost in Translation, Sofia Coppola, United States, 2003
全く期待していなかったのだけどとても面白かった。外国人の目から見たTokyo、日本人がとてもよく表現されていた。しかし日本人がみるのと外国人がみるのではその受ける印象が大分違ってきそう。日本語が全部分かってしまうから。あと、日本人は完全に人間性を持ったものとして描かれていない点が気になったけど、きっとそう見えるからそうなんだろうな。
*kill bill Vol.1, Quentin Tarantino, United States, 2003
期待していたのだけど、全然面白くなかった。この映画は一体なんなんでしょう???残忍さはいいとしてこのB級感はわざと?エキサイティングじゃないし、ゲームみたいだし、全然きれいでもないし、殺陣の質もひどいし、エンターテイメントでもないし。うーん理解に苦しむ。これまで見た映画の中でもワースト5には入るなあ。

カウリスマキ


最近は暇を見てアキ・カウリスマキの映画を見直したり、新たに見たりしています。
*マッチ工場の少女(Tulttikkutehtaan tytto)/1990/フィンランド/97分
*レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ/1989/フィンランド・スウェーデン/78分
*レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う/1994/フィンランド/95分
*浮き雲(Kauas pilvet karkaavat)/1996/フィンランド/96分
カウリスマキの映画は、セリフが少ない、登場人物が無表情、尺が短いなどが特徴的だと思いますが、特に「ニヒル」なストーリー展開も独特でとても心地よいです。とにかく淡々と進むんだけどドラマチックで深くしみいる。そんなカウリスマキの映画をみていると、ふと日本映画、特にタケシ映画と似ているな、と思うことがあります。既に書いた特徴の他にも、ふとしたカット、例えば暴力シーン(そんなに激しいものではないけれど)では登場人物がさっとフレームアウトして音だけ聞こえて血まみれの人が出て来たりするところや、ナンセンスなギャグ、心ない優しさ、不条理な人間性なんかを見ていると、似ているなあと思ったりします。
また、音楽もとても独特でフィンランド独特の歌謡曲からロックンロールまで幅広く効果的に使われています。「過去のない男」では、日本の歌謡曲としてクレイジーケンバンドの楽曲が使われているのが有名ですが、とにかくいろいろな音楽が楽器隊の演奏からラジオの音、ジュークボックスから流れる音、いわゆる映画サウンドとは異なる形で現れてくるのがとても印象的です。ここばかりは近年のタケシ映画のように、音楽が作品の情緒やアイロニーまで強奪して一つの感情に向かわせようとするようなモノ(とても悪趣味な!)では決してなく、そこにいる個々人の感情であったり、あるいはそれと裏腹な旋律であったり、場を成立させるために必要十分なものとしてそこに流れているように感じます。
淡々とした「ニヒル」な物語や映像と音楽、それが静かに心に定着していく感じがとても好きだし、この「ニヒル」さをキャッチできる国民が沢山いる国だと、気が合いそうだなあなんて夢想して止みません。
写真は先日のIKEAの出口。おしゃれだと思った。

24


最近にわかに「24」というアメリカのドラマにはまりはじめた。あまりにも有名なドラマだが、手に取った理由は英語の勉強。これでヒアリング能力も、、、などと、都合のいいことを考えて借りたのだが、あまりの面白さに英語の勉強になんてなるはずがなかった。高尚で知性にあふれた、しかし退屈な映画を早送りすることなんてしょっちゅうだが、あまりのハラハラな展開にドキドキしすぎて早送りしたのははじめてだ。
ところでこのドラマをみていると、映画との違いのことをふと考えさせられてしまう。というのもこのハラハラ感を時間的に短縮するとハリウッド映画になってしまいそうだからである。もっとも、ドラマという展開がワクワク感を促進させているのは明らかなんだが、なぜ敢えて映画とドラマに分ける必要があるんだろう。話が長いから?日本でも踊るなんとかというドラマなんかもThe Movieという冠をつけ映画化されて、スタッフ・キャストともに原作と同じ!などとコピーで堂々と銘打っていたけれども、スタッフもキャストも同じだったら二時間スペシャルでテレビでやればいいではないかと思ったりしたものだ。
以前みた「アワーミュージック」でゴダールは、学生の「デジタルカメラは映画を救うことができるか」という問いに自らのバックショットを重ね沈黙を貫く。その問いに小生が答えることができればわけないのだが、その意味をもう少し考えて咀嚼したいものだ。知的スノビズムに安住はしたくない。
でも今はなかなかどうして時間がないので、近い将来北欧の暗闇の森の中で思索を深めることにしよう。ともかく今は次の展開が気になるところなので、またDVDを借りなければ。。。
※トップページの表示を2エントリーにしました。ちょっとバランス悪いけど、もうちょい更新しようかと思い(努力目標)。でもさコンプライアンスていうかさ、、、

東欧から資本主義まで



土曜日。東京都現代美術館「転換期の作法~ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」に行く。
東欧の作品は全く知らなかったしあまり期待もしていなかったのだが、意外とよかった。全体を通して独特の社会背景が色濃く反映されたものが多いのが印象的。特にアゾロによる《全てやられてしまった》と《芸術家は何をしてもいいの?》というビデオ作品が面白かった。題名通りのアートを皮肉ってちょっと笑いを誘う作品だが、チープな映像と発想がなかなかよかった。
同時開催の「MOTアニュアル2006 No Border – 「日本画」から/「日本画」へ」もなかなかだった。全体的に若い作家の力作がそろっていて見応えたっぷりだった。「日本画」というともすれば古風な表現の中で、若い作家が新しい表現を目指しているのがぐっときた。
日曜日。表参道ヒルズにいく。なかなかすごい。六本木ヒルズとは違ってランドマークではなく、道行く客が入りやすそうな計画。六層の吹き抜けはなかなか圧巻。敷地の形状からか階段から壁に至るまであちらこちらでパースをきかせて全体がつくられているのがやや違和感。とにかく資本力のすごさというか、セレブリティな感じである。
その後シアターイメージフォーラムにて映画をみる。
*アワーミュージック/2004/フランス=スイス/監督:ジャン=リュック・ゴダール/80分
シネフィルでもないし、いつもゴダールの作品は難解だと思うが、「アワーミュージック」はかなりよかった。なかなか語るべき言葉は見つからないが、トークショーで小田マサノリさんがいっていたように、主体的な見方をするためのヒントとして捉えるのが大事なんだろうと思う。サラエヴォ紛争を契機として流される映像の数々、民族、人種などあらゆる人類的困難をえぐり取りながら、一方で救済的に穏やかな風景を描き出し、ただただ映し出される情報の洪水と、映像の「花火」、ズバズバ切り取られるカットに唸ってしまった。また何より映像が鮮烈で巧妙に技巧をこらしており、圧倒的に美しいと思った。
本音を言えばその鮮烈な映像の洪水もDVDでみると寝てしまうのでやはり映画館にいくべきなのだろう(笑
そういえば同時期にイスラエル・パレスチナ関連として、スピルバーグの「ミュンヘン」が公開されているのも気になるところだ。
というわけで、東欧から資本主義について考えさせられる?週末となった。

週末の映画


週末は二本映画を観る。一本はDVD、一本は劇場で。
*過去のない男/2003/フィンランド・ドイツ・フランス/監督・脚本:アキ・カウリスマキ/97分
「人生は前にしか進まない」
暴漢に襲われ記憶喪失になってしまった男が、見知らぬ世界で新しい希望を見つけ生きていくという話。非常に単純なストーリー構成の中に巧みに織り交ぜられた小さなエピソードが微笑ましく、淡々と、しかしながら緊密な画面構成で描かれていく事実の積み重ねが話に重層感を与えている。傑作。★4.5
*マイアーキテクト/2003/米/ナサニエル・カーン/116分
Q-AXシネマという新しく出来た映画館。オシャレな建物だが立地があまりにひどい。道玄坂のライブハウスやクラブ、ラブホテルなどが建ち並ぶ場所。なぜ映画館をああいうところに建てようと思ったのか本当に理解に苦しむ。夜のロードショーなんて一人でもう怖くて観に来れないな。ユーロスペースまでこっちに来てしまったけど、もう行くことは殆どなくなるだろう。
さて、肝心な内容の方だが、ルイスカーンについては今まで十分な知識がなかったので勉強にはなった。しかも、これまでなかったような知見、女性関係であるとか複雑な人間関係を中心に明らかにしていく手法自体は非常に好感がもてた。でも、ドキュメンタリー映画としてみた場合やや内容が退屈だったのと、無意味で感傷的な建築のカットの反復は正直耐え難いものがあった。建築を見せるなら見せる、見せないなら見せないとハッキリして欲しいというか。
と不満タラタラな感じになってしまったが、この映画をきっかけとして設計事務所で頑張る友人二人と久々に会えて刺激になったので★1.5

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