Tokyo14|年の瀬とか

昨年は年始の挨拶以来一度もエントリーせずに年末を迎えてしまいました。
今年一年を振り返ろう。
昨年末のエントリーの通り、今年はアクションを起こそうと思いつつも、それが具体的なアクションになってどのようになるか、全くイメージが出来ていなかった。
結局、前職を退職して、現在は文化財の修復などをメインとするコンサルの設計部のような所に転職した。その理由は本音、建前ともたくさんあるのだが、建前を書いてもしょうがないので本音を少し書いてみよう。
前職のときはバタバタと作業したり飲んだりしてゆっくりあまり思いを巡らせることが出来なかったが、これを機会によく考えることができた。かいつまんで言うと、未熟な自分を30代に突入する前にどうにかしたかったこと、現在の建築事情について思うところがあったからだ。
現在世界中で起こっているパラダイムの変化と建築の世界があんまり追いついていない気がしていたのはずっと思っていたことだ。必至に無視しているというか無理があるというか。
建築の世界、公共の仕事も民間の仕事も著しく減少している。設計だけでなく工務店から建具屋さん金物屋さんまで様々な構造があるけれども、それだけの人数の人間を養っていくだけの仕事が国内ではこれまでなイケイケドンドンの時代のようにはなくなってしまった。なければ自然淘汰的に別の業種などに人間も分別されていくはずなのだが、なんとなくだけど建築のスクールの数も多すぎるし、結果として仕事がないというのも需要に対して会社や組織が多過ぎるだけなのだが、それらは自らをなくそうと普通はしないので、生き残るために不動産やマンション設計なんかの利幅の大きい仕事や中国や中東など潜在的に需要が多い国に走る。その組織が生き残るためにどうするかはそれぞれの理念なのでそれ自体は当然なことだと思う。
同様に経済論的なグローバルな視点からいえば、どんどん建築の世界も海外に展開していくのは自然なことだ。ただ、純粋に建築はそれぞれの国のいろんなバックグランドから生まれた独特の世界やコミュニティを持っていて、言葉はもちろん他にも様々な慣習に良くも悪くもしばられることとなる。そこで経済活動を伴う建築行為を行うことはよほどうまく行わない限りお互いの消耗戦となっていくばかりだ。もちろん新しい価値観をもって行動できている人は本当にすごいし、グローバルなんだと思う。
ただ私は、建築が文化的な側面を持っている以上、建築行為がただの不動産的な経済行為だともまたはアーティストの彫刻行為であるとは思えないので、もう少し深く、建築の今を形作ってきたものを深く掘り下げてその国の背景や文化の中で建築の仕事をしたいと思った。それは日本を拠点にして働きたいと思っていたので、フィンランドで就職をしないということを留学前から決めていたのと同じ理由だ。
ともあれ、まだ20代のうちに、もう一度再スタートを切って多くの人と出会えて、自分の未熟さがよくわかって刺激的だった。ただ、自分を客観的にただ同時に自分はこれでやれる、と思える日が仮に来たとしたらそれはそれでよくないんだろうと思う。
経験不足な自分を常に脇にかかえながら、プロとしての現実を直視できるような大人になれるに、来年一年はまた初心からおごらず視野を広く修行をしたいと思います。
年末は温泉に行って実家に帰ってと飲みまくり食べまくりの日々になりそうなのでウコン系の薬と胃腸薬を持って頑張ります。しかしこれでは痩せられないではないか、、、
今年も一年有難うございました。来年も宜しくお願いします。

Tokyo02|life

I haven’t written anything for a while in this blog.
I’m working very hard at architect office but afraid that I can’t write the detail about it because of the compliance,,,
But still I will keep going on this blog because it’s too pity to quite it that I have been doing this for 5 years already,,, also still have to improve my English because I am expected to use it at work though I am not good at it actually,,,
Working have been really tough for me. But I already learn a lot about not only working thing but also the manner, I mean how I should behave on a business and so on. I didn’t know anything about it before I started it. Now I’m interested in it more than architecture stuff and thinking that it’s the most important thing as a architect. That’s why I choose the office I’m working now, and my feeling wasn’t wrong.
And I have gotten missing Finland day by day. I’m really sad sometimes the small parties about Finland are taken place at anywhere, but I can’t come because of work… Also some good Finnish friends of mine are coming to Japan to study, so I really wanna hang around with them. They used to take care of me in Finland, so I would have liked to do that as well but I have no time,,, Now my dream in the near future is that I could have a work related to Finland.
Anyway I’m doing like this and fine. Hope to see everyone who are looking at this!

Big up!!!


最近はずっと更新出来ませんでした。見てくれていた方々には申し訳ありません。
その間、送別会やら飲み会やらでいろいろな方々とお会いしました。本当に言葉にならぬ程、感謝の念が絶えないのですが、簡単に感謝の気持ちを記しておきたいと思います。
SFCの方々、芸術学校の方々、森ビルの方々、バイトでお世話になった事務所の社員の皆様、小関(辻)君、関口君、本当にどうもありがとうございました!
また両親はもちろん、個別的に会ったり声を掛けたりしてくれた理解ある数名の友人や、大事な人の支えは本当に心強いものでした。多謝!
是非是非、北欧を訪れた際は声を掛けて下さればと思います。
写真は中学校時代からの旧友と共に訪れた神宮球場。照明の光が眩しくてとても気持ちのよい夜でした。

ジョギング


最近はよく深夜にジョギングをします。
ちなみにjog[狭い歩幅で比較的ゆっくりと走ること(アルク:英辞郎)]。今の心境に近い。「比較的」というところあたりが。
目的は健康維持とダイエット(苦笑)。おかげで大分やせました。
走るといろんな事を考えられてよいです。
10代の頃には嫌いで嫌いでしょうがなかった近所も大分変わってきました。特に変わったのは、商業施設や工場、倉庫などが次々と住宅に変わっていく事。僕が住んでいる近くにはコンビニが三件あったのが最近では一件になってしまいました。
都市に関して。
いろいろ考えたみてもやはり東京はとても好きだし、ファンタスティックで面白いと思う。美観についてはやはり絶望的かもしれないけど、それも含めて人がワサワサ蠢いている感じや、赤ちょうちんの飲屋街、深夜のロジスティックスだけが生き残った感じとかとても魅力的だと思う。
郊外も郊外で結構好きで、というのも自分が住んでいるところが静かで治安もいいし、休日はずっと家にいてもインターネットで買い物も出来る。そりゃあコンビニだっていらなくなる。
地方都市はどうだろう。他人事のようだが寂れた商店街や、廃墟寸前の村落は哀愁があって好きだし、一方でその開発には物悲しさはあってもしょうがないことだと思う。
大事なのは、既にあるもの、自分がいる環境に対してどう振る舞うか、使う環境に対してどう使うかで、能動的な姿勢でいることなんだろうな。
ヘルシンキに行ったらそこらへんを押さえたいと思う。建築や都市の使い方や考え方、生活の仕方、余暇の使い方、お金の使い方、学校や労働のあり方、隣人との付き合い方や宗教との接し方、いい人、悪い人、僕って何。退屈さや窮屈さ、居心地の悪さをケムに巻いたら。設計製図をもう一度やりにいくわけではないからね。
写真はジョギングコース(冬)。

七年目の邂逅



大学時代のドイツ語の同期の友人であるコピーライターS氏ともうすぐ編集者?N氏と神楽坂のブラッセルズにて痛飲。ベルギービールを初めて飲む。その後記憶を飛ばし撃沈。
氏たちとはドイツ語の同期で知り合ってもう七年。とはいったものの、ずっとあまり言葉も交わさないような仲でしたが、大学四年の時にふとした機会にとある定食屋でホッピーを飲み交わしたのを機会にして以来いろんな場面でお会いしたりしています。
事情はそれぞれだけど、活躍っぷりにすごいなあと心から思えるし、決して腐らず穏やかで、そんな人たちと話していると話すとワッと視野が広がるような運気がアップしている手応えがあってとても心地よさを感じます。何とぞこれからもよろしくとな。
※写真は以前にいった篠原一男の作品。
先日81歳にして亡くなられたとのことでした。作品はもちろん生き方や思想もとても好きな建築家で建築をはじめるときにもすごく感化されたのを覚えています。ご冥福をお祈りします。

世界卓球に思うこと


最近連日連夜「世界卓球」がテレビ東京で放映されている。卓球ファンとしては嬉しいことだ。
僕が中学生の時、日々の生活の全てが卓球に彩られていて、まさしく「ピンポン」と「稲中」を足して二で割ったような生活をしていたのだが、「世界卓球」がまさか民放で放映されるなんてことは考えにくかった。しかもシングルスだけではなくて団体までもが。
一人の少女が現れ、日本卓球界のスターになった。技術的なこともさることながら、あらゆる雑音を封じてここまで成長した姿をみると精神的なタフネスさに対する尊敬と感動の念がたえない。もちろん(一般的に)注目されていなかった選手がいきなりメディアに登場して人の目にさらされながら勝ち抜いていく様子も尊敬してしまう。いや涙ぐんでしまうのだ。
さらに解説の人の分かりやすく丁寧な説明もよい。しかし『今のように「切れた」ボールを「突っつく」とボールは思うようにあがってくれませんね』とサラリといってしまうところあたりさすがだと思ってしまう。
唯一あのやたらハイテンションな付け焼き刃的な実況だけが頂けない。勝った選手も負けた選手もニコリともせず何事もなかったように握手を交わすクールさが卓球の一番しびれる場面だと思う。
ガンバレニッポン。