TOKYO20|一級建築士試験06/まとめ

一級建築士試験に合格し、申請し登録されると晴れて一級建築士になり、設計者としての免許を得ることが出来ます。
私はいつかは設計者として、独立していきたいと考えていますが(それがいつになるかは分かりません、老後かも)、優秀な設計者・技術者であることと、資格を保持しているかどうかはイコールではないと思っています。しかし、日本の現在の制度において建築設計は、ある規模以上建物について建築士でない人が設計者にはなれないという業務独占資格である以上、当然必要不可欠なものであるだと思っています。「建築士資格なんて必要ない」という建築家の方もいますが、たとえ事務所の開設者と管理建築士が違う人間でよいとしても、この国においては、建築家・建築設計者と呼ばれる人間は必ず建築士であるべきだと思います。もちろん彼らが全て建築家であるとは思いません。ともあれ、今後どういった形でが進んでいけるかは分かりませんが、この試験を通じて、努力が報われ自信が持てたこと、日本の現状における建築に関する網羅的な知識、考え方などがより深く理解できました。
また同世代の共に受験の苦楽を共にした人たちがいたおかげで、前向きに受験生活を送ることができました。
今後受験される方には、是非思い悩まずに受験を共に乗り越える仲間を持つことをおすすめしたいです。また、体力がかなり必要とされるので、比較的仕事上の責任などが少ない若いうちの取得をお勧めしたい所です。事務所を開設し業として建築設計を行うには三年が必要ですし。あとこれは結構大きな秘訣だと思っているのですが、SNSなどであまり受験をしていることをおおっぴらに騒ぎ立てない方がいいと思います。別にいいのですが、私の周りでそういう方は軒並みいい結果を残せていない気がするので。
技術者としてのスタートラインにたてたこと、年末に息子が生まれた大きな喜びと同時に、社会的な責任、親としての責任が生まれたとても大きなことが起こった2013年でした。来年はもっとこのブログから発信もしていきたいです。それではよいお年を。

TOKYO19|一級建築士試験05/製図試験用具について

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前エントリーで少し触れましたが、この製図試験では製図のための様々な用具を持ち込むことが出来ます。とにかく時間のない試験ですので、避けられるロスを少しでも少なくすることが重要です。そして用具の選択で「避けられるロス」は多いのです。以下にいろいろと試行錯誤して私が最終的に使った用具を記しておきます。私は幸いにも二ヶ月しか製図の勉強をしませんでしたので、これがベストというわけではないと思いますが。

・製図板は安心のムトーのものを使いました。各社同じような感じだと思います。結局二ヶ月しか使ないこととなりましたが、こういったものも自分でお金を出して買う、ということは大事なことだと思います。

・シャープペンシル/太線などメインは、グラフ1000+0.5 2B、文字関係は、ロットリング500+0.5 Bでやっていました。芯は判通り、hi-Uniが最高です。折れにくい、粉が出ないなど。

・消しゴムはスティックタイプがいいでしょう。これがあれば消し板はいりません。本試験の前にはカットしてを出して使いやすくするといいです。ブロックタイプは計画の要点にしか使いなれたものでいいでしょう。

・蛍光ペンは学会試験ではフリクションがおおいに役に立ちますが、製図試験では消す必要(時間も)がないので、ノック式の蛍光ペンが最高だと思います。キャップが外れて転がっていような煩しさを極力少なしましょう。

・三角定規については賛否ありますが、私はVANCOのテンプレートプラスを途中までメインに使って、その後内部などには小さい三角定規を使いました。通り芯を引くときには大きい三角定規も使いました(30度、60度の方。勾配屋根の出題に備えて勾配定規の準備も。

・三角スケールは黒いものが見やすくていいと思います。1/100、1/200、1/400が最低限あるものを使いましょう。7mスパン、8mスパンで計画することが多いので、小さいシールをそのピッチで貼っておくと便利です。30cmのものは製図をする際に最初にあたりを付けるため必要なので携行しましょう。

・テンプレート・アクセサリです。基本的に100円ショップで買えるスタンド、あとはペンスタンドになるペンケースがいいと思います。テンプレートはS資格がカスタマイズしたものは使いやすくてよかったです。あとVANCOのテンプレートスタンドはなかなか使い勝手がいいです(試直前に使用者が急速にえる)。タイマーもあるといいでしょう。リンクのタイマーは設定が細かできて、ハンディでいいのですが音が非常に大きいため、分解して改造して音を小さくしました。図面用テープはドラパスのものを使っていました。適度に強力なのが◎。

・カバンやファイルについては、定規などを毎回出し入れしなければならないのでこのリュックは大変重宝しました。

TOKYO18|一級建築士試験04/製図試験

製図試験は六時間半という時間の中で、2000㎡〜5000㎡程度の建物を設計しなければいけません。耐震偽装問題後の改正で、時間も以前よりのび、計画の要点という記述試験も増えました。年によってテーマが異なるのですが、私の時のテーマは「大学のセミナーハウス」でした。設計製図試験では、様々なことを平行して全て整合を取りながら進めていく必要がありますが、基本的にプロセスとしては次のようになると思います。
①問題文精読15分程度
②エスキス1時間半〜2時間
③画の点1時間
④製図3時間〜3時間半)
プロセスについては資格学校のやり方もありますが私は個々で合った方法を探していくしかないと思います。私は資格学校で言われているよりも大分早く終わるようにエスキスは毎回一時間〜一時間半くらいで行っていました。資格学校のステップを踏んだエスキスは必ずしも必要ではないと思います。
私は製図試験は一回で合格してしまいましたが、結果が出るまでは不合格だと思っていました。小さいミスは数えきれません。しかし、なぜ合格したかを終わった後に考えてみると、課題文の内容は全て網羅していること、とにかく常識的な範囲で簡素にシンプルにまとめたことだと思います。それが結果として減点されにくい図面につながるのだと思います。また手書きは決して得意ではなく、本試験の図面は大変汚い出来です。これは、図面のきれい、汚いということは数ある採点ポイントの一つの対象でしかないということで、それほど重要なものではないのではないかと思います。もちろんきれいな方がいいことは言うまでもありませんが。
動線計画・ゾーニングはいかに各ゾーニングが交錯することなく、シンプルに明快に構成できるかにつきると思います。
構造計画はプランニングが厳しい場合も、出来る限り6〜8mの均等スパンで計画することを心がけていました。
設備計画は資格学校でグループディスカッションなどをすると、設備計画が理解できていない人が多いといつも感じていました。なので重点的に学習し、本試験でも分かっていることを出来るだけアピールしました。特に電気・空調・給水について、それぞれ配管経路をイメージし、合理的な計画をできるようになればいいと思います。
計画の要点については、時間的な制約があるので、資格学校の回答をよく覚えることは基本です。しかし、それだけではなくどういう意図で計画をしているかを自分の言葉で簡潔に述べることが必要だと思います。回答欄を埋めるだけでなく、いかに要点を絞ってアピールポイントを書くかということが重要です。

TOKYO17|一級建築士試験03/学科試験

学科試験は「計画/環境・設備/法規/構造/施工」の五つからなります。
・計画は一番捉えどころのない科目です。テキスト・過去問を中心にして完璧にしましょう。最近は建築史、建築作品など具体的に知らなければ分からない建物についての出題が非常に多いので、資格学校が用意する建築作品集や補講DVDなどが非常に役にたちました。
・環境設備は計画と同様、テキスト・過去問を中心に学習するのがいいと思います。省エネ系の出題では、近年著しく技術が進んでいるので、注目して数字などを覚えるべきだと思います。
・法規は法令集を持ち込めるので9割は正解したいところです。ポイントは、問題文もきちんと読むことで、なぜなら問題文の中に法令集のどこを開けばいいか書いてあるからです。ex)「建築設備」について以下の設問〜のように。
とにかく問題文を見た瞬間法令集は該当箇所を開けるようになること。選択肢の中で確実に分かるところは抜かして、判断がつかないもののみ法令集を引いて確認する。最初は難しいですが、一巡すると最も楽な科目になると思います。あとはどうしてもわらかない問題があれば飛ばすこと。私は本試験でどうしても分からない問題がありましたが、結局それは出題ミスでともに正答となりました。
・構造は前半に八題くらいでる計算問題を完璧にすること。とはいっても、解き方・考え方をしっかり覚えることが大切です。応力図がしっかりイメージできるようになれば文章問題も自ずと分かるようになるはず。あとはしっかり覚えている方はいいのですが、構造が苦手な方は試験直前に短期記憶を活用して、とにかくすべての公式を暗記し試験開始と同時にあいているスペースに書き出しておく。後はそれを使って、どうにかやっていると以外と正答を導き出せたりします。文章問題は、日本の耐震設計は何を目指しているか、どういう考えかをしっかり学ぶことが大切だと思います。
・施工は苦手でした。学校のDVDの施工解説を見て、とにかく理解を深める。覚えられない数はゴロを活用。

TOKYO16|一級建築士試験02/概要

一級建築士試験は学科試験と設計製図の試験の二つからなります。細かい内容は他のエントリーに譲るとして、私が合格するために必要だと思ったこと、感じたことなどを書こうと思います。
まず、この試験は決して特別な才能などを要求されるような試験だとは思いません。ある程度(かなり)の努力と、建築全般に関する理解や知識、そして運のようなものも最終的には要求とされる試験です。私は2013年度の試験に合格することを目標にしていたので、そのために学校にかかる費用・時間などを考慮して転職しました。巷では学科試験は資格学校のテキストがあれば独学でも可能という声もありますが、余程勤勉な方や、様々な分野の建築実務に携っている方ではない限り、全範囲を網羅的にテキストだけで把握するのは難しく、座学・製図ともに学校に通う必要があると感じました。学科試験も満を持して年内11月頃から始まる講座から受講しました。年内の講座は、久々の試験勉強、またその学校の勉強のシステムに慣れるという意味でよかったと思っています。またS資格の法令集は年内のうちに発刊されるので、いち早く入手でき、線引きなどの作業を年内に終えることができるというメリットもありました。
本講座はライブ講義と欠席者のためDVD講義、さらには別途補足講義などがあります。暇があればDVDブースに通って教材は全て視聴し、本講義もDVDを見ながら予習という事を行っていました。資格学校はオプション講座といって、GWや直前期に別料金で補講を組んできます。私は直前期の講座を受講しましたが、資料はよくまとまったものが配布されていました。そして、7月28日に学科試験が行われ無事合格できました。苦手だった構造・施工が易しかったものもあり、学科はまず合格しているなという確信を持っていました。結果、基準点を15点ほど上回る点数の自己採点で合格しました。
この時点でかなり燃え尽きていたところもあるのですが、製図試験は学科試験の約2ヶ月半後に控えているので、そこから一気に製図試験の準備が始まります。この試験はここからが本当に大変な試験です。私はあまりRCの建物や2000㎡などの中規模の建物の設計をしたこともありませんでした。また手書きは建築を学び始めた半年くらい少しやっただけで、全く書いたことがないに等しいレベルです。それを二ヶ月で論旨の記述・製図をあわせて6時間半の間に限りなく精度のいい図面を書けるようにならなければ不合格になる試験です。まずはインターネットで情報を集め製図道具を買い集めました。ここは試験の本質ではないのですが、それでも道具は非常に重要です。その道具を持って製座に臨むわけですが、最初のトレースの課題では10時間以上かかりました。これを3時間半に縮めるのが最初の目標です。そこからが本当に大変で、毎週出される課題を平日深夜・土曜日を使ってこなし、日曜日は朝から深夜まで学校で缶詰で製図。会社で徹夜してそのまま次の日の模擬試験にのぞんだこともありました。本番の製図試験では、誰もがそうですが、焦りと緊張で思うようには書けず、失敗ばかりが目についておそらく不合格ではないかと思っていましたが、12月19日合格することができました。この試験の大変なポイントは一定の実務経験が必要という性質上、多くの人が仕事、それも激務の中受験しているということではないかと思います。
しかし私が最終的に感じたのは、各々の繁忙状況はそれほど関係なく、この試験に合格することをそれぞれの事情の中で、一番のプライオリティとして考えられている人が合格しているということです。逆にいうと、そういう状況を作り上げることが一番の合格への道だと思います。

TOKYO15|一級建築士試験01

相当久々の投稿になりました。久しぶりすぎて、自分で苦労して作ったウェブなのですがログインの方法もよく分からず投稿の方もよく分からなかった。。。2012年〜2013年は仕事やプライベートが安定せず割と苦しい時期が続きました。それにも関連するのですが、平成25年度の一級建士試験に合格することを目標として、2012年10月頃から某S資格という建築士予備校に通い、仕事前、後、週末はほとんど勉強に割り当てる生活を一年ほど送りました。そしてようやく201312月19日、製図試験の合格発表をもって、長かった受験生活にピリオドを打つができました。(とはいえみっちりやったのは一年間なのでかなり短い方だとは思います。初験は平成23年度で、それなりに勉強したつもりが全く分からず不合格、平成24年は気が進まず未受験でした。)インターネットには様々な情報があるので、私も随分いろいろと検索をして情報を集めました。かなりのエネルギー、時間、お金をつぎ込む事になる試験なので、私が体験した事、考えた事を少しでも残しておけたらと思います。

Sendai01|earthquake


石巻


女川

南三陸町
東日本大震災から一年が経って被災地に行ってきました。(震災直後に仕事で近くまでは行っていたのですが)広範囲に広がる被害と、ガレキも撤去され(隅にうずたかく積まれ)何もない風景はなんとも言えないものでした。
この出来事を見、体験した誰しもと同じように、または一人の人間として、また職業人として、どう向き合うか、考えさせられる出来事でありました。いろいろあるのですが、一年経っていろいろ思っていること。
建築業の末端に携わる一人としては、以前/以後のような観念的な話ではなく、専門職として起こり得る事態にどう対処するかをこの教訓から学ばなければならないと思っています。
今回は津波の脅威は大変なものだったが、地震の揺れはさほどのものではなかったともいえて(もちろん激震ではあった)、二次部材の崩壊は比較的目に見える大きな被害をもたらしたが、建物の構造的崩壊が今回は多く発生しなかったことがむしろ、新耐震以後の建築物は震度七クラスでも大丈夫、免震装置は非常に有効に作動した、という論調として敷衍している節があります。実際に、新耐震や種々の備えが有効だったというのもあるんでしょうが、これがはたして関東大震災や阪神大震災のような地震動ではどうなるのか。そして、多くの建物が崩壊、もしくは損傷した時に、個々人が所有するそれぞれの建物に専門家はどのように対処できるか。想定しうる問題はきりがありません。古い建物が傾いたら全部撤去し、さらに強固な要塞都市を作り上げるのか。
そういう意味では、職能云々とか言われていますが、むしろこれまで以上にエンジニアリングも含めた専門性や倫理観が建築家とか呼ばれている人には必要になってくるんじゃないかと思います。
ただ近々起こるであろう直下型地震が怖いというのもありますが、想定し得る/外の問題が発生した時に専門家の対応能力は、自衛隊や記者、医師などと同様に、どういった分野でも大事なんだということを強く感じたところで、なかなかそういう大きな仕組みの議論にならないのが同時におおいに失望したところです。
あとはやはり自分や周りが被害者になった場合のこと。これは経済的な面も含め、備えあれば憂いなし。薄給で毎日飲みまくっている場合ではありません(爆)。

Tokyo14|年の瀬とか

昨年は年始の挨拶以来一度もエントリーせずに年末を迎えてしまいました。
今年一年を振り返ろう。
昨年末のエントリーの通り、今年はアクションを起こそうと思いつつも、それが具体的なアクションになってどのようになるか、全くイメージが出来ていなかった。
結局、前職を退職して、現在は文化財の修復などをメインとするコンサルの設計部のような所に転職した。その理由は本音、建前ともたくさんあるのだが、建前を書いてもしょうがないので本音を少し書いてみよう。
前職のときはバタバタと作業したり飲んだりしてゆっくりあまり思いを巡らせることが出来なかったが、これを機会によく考えることができた。かいつまんで言うと、未熟な自分を30代に突入する前にどうにかしたかったこと、現在の建築事情について思うところがあったからだ。
現在世界中で起こっているパラダイムの変化と建築の世界があんまり追いついていない気がしていたのはずっと思っていたことだ。必至に無視しているというか無理があるというか。
建築の世界、公共の仕事も民間の仕事も著しく減少している。設計だけでなく工務店から建具屋さん金物屋さんまで様々な構造があるけれども、それだけの人数の人間を養っていくだけの仕事が国内ではこれまでなイケイケドンドンの時代のようにはなくなってしまった。なければ自然淘汰的に別の業種などに人間も分別されていくはずなのだが、なんとなくだけど建築のスクールの数も多すぎるし、結果として仕事がないというのも需要に対して会社や組織が多過ぎるだけなのだが、それらは自らをなくそうと普通はしないので、生き残るために不動産やマンション設計なんかの利幅の大きい仕事や中国や中東など潜在的に需要が多い国に走る。その組織が生き残るためにどうするかはそれぞれの理念なのでそれ自体は当然なことだと思う。
同様に経済論的なグローバルな視点からいえば、どんどん建築の世界も海外に展開していくのは自然なことだ。ただ、純粋に建築はそれぞれの国のいろんなバックグランドから生まれた独特の世界やコミュニティを持っていて、言葉はもちろん他にも様々な慣習に良くも悪くもしばられることとなる。そこで経済活動を伴う建築行為を行うことはよほどうまく行わない限りお互いの消耗戦となっていくばかりだ。もちろん新しい価値観をもって行動できている人は本当にすごいし、グローバルなんだと思う。
ただ私は、建築が文化的な側面を持っている以上、建築行為がただの不動産的な経済行為だともまたはアーティストの彫刻行為であるとは思えないので、もう少し深く、建築の今を形作ってきたものを深く掘り下げてその国の背景や文化の中で建築の仕事をしたいと思った。それは日本を拠点にして働きたいと思っていたので、フィンランドで就職をしないということを留学前から決めていたのと同じ理由だ。
ともあれ、まだ20代のうちに、もう一度再スタートを切って多くの人と出会えて、自分の未熟さがよくわかって刺激的だった。ただ、自分を客観的にただ同時に自分はこれでやれる、と思える日が仮に来たとしたらそれはそれでよくないんだろうと思う。
経験不足な自分を常に脇にかかえながら、プロとしての現実を直視できるような大人になれるに、来年一年はまた初心からおごらず視野を広く修行をしたいと思います。
年末は温泉に行って実家に帰ってと飲みまくり食べまくりの日々になりそうなのでウコン系の薬と胃腸薬を持って頑張ります。しかしこれでは痩せられないではないか、、、
今年も一年有難うございました。来年も宜しくお願いします。

Tokyo13|抱負とか

明けましておめでとうございます。
新年は身内に不幸があった事もあり、慌ただしく、しかしなんとなく静かで、いろいろと考える新年となった。
ブログは全然書かなくなったがそれでも時々書かなくてはと思うのはもう七年も続けていると義務感と、何となく時折思考を整理する必要があると考えているからだ。思い返すとこれでも少しは文章が上達してきた気がしていたが、書かなくなってからどうも文章に論理構成力や切れがなくなってくどい文章を書く傾向にあると自覚している。それはおそらく書かなくなったからではなく、書くために文章を読んだり物事を考えなくなったからで何事も鍛錬ですね。
そういえば今年の抱負は「ダイエット」にした。それは文字通りの事はもちろん無駄な時間を過ごさないようにしたい。何が無駄で何が必要か、そのジャッジは時と場合によりけりだけど、有限な時間をどんな密度で過ごすか、そろそろそんな事を考えたい。中長期的にも。
社会も三年目に入って、デザインや建築設計の事もなんとなく分かって見通しもたてれるようになってきた。ぼんやりと分かっている事は、会社の中でやっていることで純粋なデザイン業務やコンセプト立案にかけている時間、図面を引いたり設計業務をしている時間なんて限りなく少なくて、往々にして他の雑務などに追われている。しかし、社会自体がそんなもので、そうでない限り一般的にどこかに歪みが生まれるか、余程システマティックに構成された組織で同じ事をやり続けている場合と思う。
大事なのは置かれている状況に対していかにポジティブに向かえるか、向かうためにどれだけ努力出来るかで、どうしてもそうなれなかった場合どうやって向き合える状態にするか、ということだと思う。
とにかく今年はもっと面白い事が楽しく出来るようにいろいろと自分からアクションも起こしていきたいです。
そして痩せれるように今年は努力したいと思いますので、本年も宜しくお願い申し上げます。

Tokyo12|twitterとかワインとか

twitterをなんとなくやるようになってからめっきりブログへのエントリーが減ってしまいました。
twitterは情報の更新が早くてすごく面白いし、iphoneとの親和性もすこぶる高いと思うし、これからどんどん多様に広がっていくツールなんだろうと思います。
その新しいツールにどう寄り添っていけるかはそれぞれの人次第だと思いますが、私は個人的にはなんとなく不特定多数の人間の議論や実況中継に用いるのは難しいんじゃないかというのが印象です。少なくとも私はそのような使い方を求めることもしないし、これからもしない。
幾つかのシンポジウムなどのログをROMってみても、リアルタイムのライブ感というよりは出来の悪い速記という感じがするし、そこでつぶやかれる事もその場での印象、つまり野次のように見えてしまう。野次に対してそうではないという主張をする人が現れると、全体的にシュリンクするかもしくは一種の感情的な罵り合いになってしまう。その面では新しいメディアという感じはしなくて、一時の2チャンネルのように思えます。
なので、ニュースは別に新聞やネットがあるし、気になるシンポジウムやイベントは行けなくてもその後何かの記事を読めばよいので、まあ結論としては私は友人となんとなくコミュニケーションをとるツールとして考えています。

前回のエントリーのつづき。
ワインを好きになったきっかけはフィンランドでしたが、
ワインと出会った時の感動を覚えるのは難しいです。
沢山飲んだ(飲まされた)ブルゴーニュのワインがなんとなく好きでACブルゴーニュをスーパーで買っては飲んだりしていました。
しばらくして職を得、落ち着くことになり、ワインバーに行くようになりました。
そこで感動的に出会ったのがこのワインでした。

ニュイ・サン・ジョルジュ・1erクリュ・クロ・ド・ラルロ 1999/ドメーヌ・ド・ラルロ

よい状態のものを、適切な温度とタイミングで楽しく飲む、というのがワインの本当に楽しい所な気がします。その時の自分の体調、気分などいろいろな要素が反映されるし、ラルロのおんなじワインを別の機会に味わっても、同じ感動かあるかどうかは分からないところも面白いです。
この一本のせいでその後、ワインで失敗し、散財し続けているのですが、
本当によいものを共有出来るいろんな人に出会ったことと、レストランにいっても困らない知識と経験はついてきたような気がしています。
ブルゴーニュは他にも偉大なものから美味しいもの、よくなかったものと様々に飲んできたし、これからも飲むと思うのですが、それを書き連ねていくとそのうちワインブログとなってしまいそうなので(twitterはそうなりかけている)、とはいえ神の雫みたいな表現をするのも恥ずかしいので、本当に感動したものは紹介したいと思っています。